Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル

    “5日間の休暇 オフD
 



          




 平戸の出島も五島列島も、平和の像も浦上天守堂も蝶々夫人のグラバー邸も、見るべきところは余すことなく回るという周遊の旅だった。何でも、本当は韓国だか台湾だかに行く予定だったらしいのだが、折り悪くも例の大規模な反日運動が勃発し、微妙に険悪な状態が立ち上がってしまい。そんな空気の海外へこんなやんちゃな若いのを山ほど引率して行けなんて、誰が引き受けますかいなということになっての行き先変更。連休の只中だったら“長崎くんち”を観に来る客とのガチンコで割高になったろうツアー料金が、日程がズレたことで逆に安価で済んでしまい、予算が余り倒していたのでと日程も長ければオプションもつきまくりだったのだけれども。それを余計な配慮だと感じている人が約一名いたし、彼の心情をそれとなく感じ取ってた人たちも約数名。
「本人はいっそ留守番したかったのかもしれないねぇ。」
「でも、この旅のレポートを書かねぇと、現国と情報学の単位は取れないしな。」
 来なかったからって書けないもんじゃなし、来たからってだけで書けるもんでもないのだけれど。足を運んで見聞きしたという事実が前提になってる課題なだけに、故意にサボるのは…やはり問題かと。
「ま、それもこれも今夜までの心配だよね。」
 いよいよ明日は東京へ帰る。そうすれば…慣れのない者には、ただただ静かで無表情なまんまなのが、却って不気味で恐ろしくも見えるらしいが、実は実は。目一杯腑抜けているだけなあのお顔にも、やっとのことで張りが戻ろうと。それを思うと、こちらの皆さんからも安堵の吐息。つくづくと気疲れした旅行だったさと、気の早い笑い話へ変換出来そうな気配が、やっとのことで漂い始める。
「あの顔がどう戻ろうと、一杯写真を撮ってあっからね。」
 旅の間、どんだけ情けなかったことか。坊やに存分にチクってやるんだと、過激なことを言い出すのはメグさんで。散々やきもきさせられた腹いせでしょうか?
(笑) 場がどっと沸いてから、それが静まって さてという間合い、

  「で? その肝心のヘッドはどうしたんですよ。」
  「………え?」

 ついさっきまで。同じロビーの窓辺のソファーにて、魂が抜けたようなぼんやりした顔を晒していた筈だったのに。アメフト部員ではないが“族”の一員であるメンバーが、風呂上がりの ほんのりのぼせた顔のまま、気分転換に出掛けましょうよと声を掛けようとして…彼らの中核にいる筈な、問題のヘッドの姿がないのに気がついた。
「ちょっと待ってっ!」
「何だよ、ここに来て問題行動かっ!」
「お前も早く気づけ、ごらぁっ!」
「そ、そんなこと言われても…。」
 早めの夕食も終わったばかりのフリータイム。やっとの羽伸ばしだと のんびりしていた油断を衝いてのように皆さんを大きにわたつかせ、さあさ、無気力なまんまな総長さんは、一体何処へ………。







            ◇



 大変だ大変だと、腹心メンバーの皆さんが逗留先のホテルのロビーで一斉に浮足立ってた丁度その頃。

  “……………。”

 すっかりと口数の減ったまま、暮れなずむ街路には案外と目立つ白ランの長い裾を、時折吹きつける潮の香のする風になぶらせ翻し。ホテルのご近所の商店街…のちょいと奥向き。観光客目当ての土産物を一応は並べつつ、実は風俗系のお店が居並ぶ、温泉街ならではな歓楽街へと迷い込んでいた誰かさん。何事かを深く思い詰めてでもいるかのように、鋭角的で精悍なお顔を、ちょっぴり真摯な色合いに染めているようにも見受けられるが、

  “あの野郎め、メールくらい送って来たって良さそうなもんじゃねぇかよな。”

 あんな顔してわざわざ見送りに来たくせによ。お陰さんであれからずっと、こっちは気になって気になってしょうがねぇんだぞ、ったくよ。小生意気で気ィ強いクセして、実はお化けとか怖くって。お母さんが遅番だったりすると、あの家に独りで待ってなきゃなんなくて。そういうこと考え始めたらどうにも止まらないし、金髪見れば思い出すし、ガキを見れば目が行くし。そのたんびにメグの野郎がしっかりしろと殴りやがるし。どういう旅行なんだかなだ、まったくよっっ!

  ………限界というか臨界というか。相当、キてるみたいでございます。
(笑)

 思うことはさして幅がないままだからね、始末に終えない。あんまり語彙が豊かじゃないから、愚痴も文句も出尽くすのは早く、そのまますぐにも出発地点へとループしてしまい、何度も繰り返すことで想いが練られて密度を増す悪循環。

  “…あんな顔して見送りに来たくせによ。”

 ただの負けず嫌いどころじゃないほどに気が強くって、あの小ささで何をやらせても自信に満ちてる強かな坊や。薄い肩やほっそりした背条をいつだってしゃんと張り、顔を上げて毅然として前を向いていた。向かい合えば…ねだるものがあってわざとらしく甘える時を例外に、対等な意志を込めた強い眼差しで真っ向から睨み上げて来た。そんな坊やがあんな顔をしたのは、相当に堪えた総長さんだったらしくって。そんな光景を傍から見ていた仲間たちにも意外なお顔ではあったらしく、あれは一体どうしたことかと分析していた会話も漏れ聞く機会があったのだが、

『作戦かも知んないっすね。』
『…作戦?』
『完全に離れ離れになっちまうんですからね。傍らにいて“よそ見しないで構え”と急っつかれない分、素に戻って冷静に考えることだって出来る訳じゃないですか。』
『ふんふん。』
『何であんな小学生の言いなりになってるかな?とか、弱みなんてないのになとか。何にも邪魔されないで、かなりの熟考を練ることが出来るとなると、こりゃあヤバいと思ったんじゃないかと。』
『けど、だったらサ。メールを引っ切りなしに届ければいいんじゃないの?』
『いや、それは逆効果だってよ。逢うための呼び出しとか予定を計画したり相談したりする通話と、今何処にいる?何してる?って煩く詮索してくるそれとじゃあ、意味合いも違うし、応対する気構えも全然違ってくる。』
『そうだよな。いくらラブラブな相手でも、しつこく詮索されんのはウザイだけだ。』
『お、なんか経験あっての言いように聞こえるぞ、お前。』
『うっさいなっ。』
『それに。うんともすんとも言って来ないってのは、却って気になりませんか?』
『あ…。』
『追われると鬱陶しいが逃げるものは気になるってのは、人を率いるリーダータイプとか、豊かな才能を“求められる側”にいることが多い人によくある傾向だそうで。』
『そだろうね。そういう立場に長くいるよな人間にとっちゃ、自分に関心を示さないタイプって新鮮だろうね。』
『別ジャンルの英雄に惚れ込むってのもよくあるケースだしねぇ。』
『う〜ん、そぉかぁ〜〜〜。』

 いくら小生意気な坊やだとて、妖一坊や自身がそうまで皆から煙たがられている訳ではないだろう。ただ、小学生に振り回されてる頭
(ヘッド)ってのがよっぽど困るのか、若しくは目に余るのか。それとも、実は恋愛の駆け引きってのに興味津々な彼らだったのか。結構真剣な討論に発展していたようだった。

  『ま、ルイが情の深いヘッドになるのは良いことじゃないのさ。』

 メグが妙に嬉しそうに話をシメたのへ、誰も不満を鳴らさなかった辺りから察しても、ほのぼの見守ってこうという姿勢は変わらない彼らであるらしかったが。
“何だかなー。”
 自分の不甲斐なさが、彼らにそんな余計な心配を抱えさせてるって事だろか。ここは一つ、何とか気張って しゃんとしないと、そのうち本格的に坊やまでもが嫌われ者にされかねない。
“楊貴妃にうつつを抜かした、何とかっていう皇帝みたいなもんかもな。”
 おお、何だか学のあることを。さすがは修学旅行ってことでしょうか?
(おいおい) そういや葉柱さん、結構成績は良いらしいですしね。ちなみに、開元の治で有名な唐の賢帝・玄宗皇帝は、晩年になってエキゾチックな美姫・楊貴妃の色香に溺れてしまい、寵愛を受けた彼女の親族たちが互いに争ったことで政局は混乱。最終的には安史の乱で楊貴妃と共に都を追われ、四川への逃亡中で彼女を殺さねばならなくなった。恐らくはそれを言いたい総長さんみたいですが、それにしても…やはり小学生の思惑へそこまでの論を展開するのもどうしたものか。皆さんそれぞれが思ってる以上に、あの坊やの存在感に意識を搦め捕られております模様。(苦笑)

  「………っと☆」

 スポーツマンだからか、総長さんは独りでいる時はあんまりダラダラした歩き方はしない。肩で風切ってという表現がぴったりな、切れの良い一直線な歩き方をする。あの坊やが一緒の時だけは、タッパの違いからどうしてもストライドに大きな差が出てしまうため、仔犬のお散歩を思わせるような ゆるい歩調になりもするものの、今のように沈思黙考、考え事などに意識を奪われている場合などは、ついつい…颯爽としてはいるが周囲にあまり気を配らない歩きになるため、雑踏の中だと覿面、すれ違い様に肩同士がぶつかるということもたまにある。一応、脳髄反射の範囲内で無意識の内にも避けることが出来る方なのだが、向こうが道いっぱいに広がっていてはそれも無理。オートマ対応の限界か、立ち止まっての回避というところまでは及ばないので、どんっとぶつかり、や・すまないの会釈でスルー…という対応になるところだが。
「お。なんや、ワレ。」
「随分と偉か兄さんやの。」
「よお見たら、一丁前ン恰好しよっとやないね。」
 あああ、選りにも選って。背丈が高くて屈強精悍な総長さんに、体格でもごろ巻きの場数でも決して引けを取らないお相手が、しかも数人いるもんだから気が大きくなっていて、威勢にも拍車効果がかかってるという極悪パーティーだったようですぜ?
「それ、制服か? コーコーセーがこんな色街ぃ来よってどうすっと?」
「旅行で来とって母ちゃんが恋しいなったとね?」
 弾みがついたように“がっはっは…っ”と下卑た笑い方をした面々の先頭、すぐ前に立っていた無精髭の男の胸板を、ついつい押しのけようとしかかったのは、実を言えば…まだどこか意識が沈思黙考から戻って来てはいなかったせい。相手の力のほどや自分の置かれた状況等々、素早く把握して行動しないとまずい場面だってのに、どうやら総長さん、寝不足でもあったのか、判断力が鈍っておいでの模様です。よって、
「何しよんねっ。」
「ほんなこつ生意気が。」
 退けという尊大な態度を取られて、おっ、と。相手の孕んでいた、どこかはしゃいだ気分の温度が一気に下がった。一端の不良を気取っているらしき青年だったから、自分たちの縄張りで意気がってんじゃねぇよと、その鼻っ柱を折ってやろうと、適当に怖がらせて笑ってやろうと構えていたものが。ちっとも怯まないばかりか、さして意を込めてもないのだろう掴みかかって来た手の、何とも強靭で、しかも勘の良いこと。
「おいが着とっとは、制服やなかか?」
「ボウソーゾクの勝負服やら、地元ん若い衆が着とっとと一緒ったい。」
 これはもしかして、修学旅行生ではなく地元で台頭中の暴走族崩れではなかろうか。だったら、ちょっとは本気で“矯正”入れてやらなければ示しがつかないと、おじさんたちの意識も鋭く切り替わったらしくって、
「ちぃと覚悟しぃや、兄ちゃん。」
「腰が立たんようになるかも知れんけんね。」
 そこはさすがに、その筋の玄人さんたちだから。さぁっと辺りの空気を覚まさせるほどの、冷え冷えとした闘気をあっと言う間に立ち上げたのは、敵ながらお見事で。裾が膝下まである長ランの、詰襟仕様のその胸倉をデカくて荒れた手で鷲掴みにし、ぐいっと引っ張り寄せたまずはの一人目。間近になれば尚のこと、まだまだお肌も綺麗な子供じゃねぇかと思わずの笑いが込み上げたらしかったけれど。それから始まった“乱闘騒ぎ”は、彼らが思っていたほど楽な“お仕置き”では済まない大騒動に発展したのであった。












            ◇



 東京を出発したのは、いかにも旅立ちという雰囲気に満ちた、そりゃあ爽やかな気配の早朝のことだったが、戻って来たのは平日の昼下がりという…どこか中途半端な時間帯。引率の教師が声を嗄らして整列させて。点呼を取って力尽きたか、その場ですぐさま解散と相成った。アメフト部の面々は、ほぼ“族”の面子とかぶっているので、解散となってもそのまま仲間内で集まっての立ち話。
「いやぁ、一時はどうなるかって思ったけどもな。」
「うんうん。まずは、見つからないんじゃないかって心配したし。」
 中には興奮し過ぎて昨夜一晩眠れなかったほどという顔触れまで出た大騒動。見つけた時には…たった一人で、十数人もの地回りさんたちと殴り合いの大喧嘩の真っ最中。最初は4、5人が相手だったそうだが、あまりに強くて堂に入った拳を繰り出す葉柱が、殴られても蹴られてもなかなか倒れず、羽交い締めも腰の強さでぶん回してあっさり解くという手のつけられない暴れっぷりだったものだから。こりゃあしまった、もっと頭数を増やして押さえ込もうと、参加人数が増えた分、騒ぎもまた膨れ上がってしまったのだそうで。だから…見つけられたのではあるけれど、
『…ヘッド。』
『どうやって割って入るんだよ、これ。』
 特攻服もどきの白い学ランのところどころを、土埃だけじゃあない汚れで赤く染め、大人相手に全く引かない暴れっぷり。乱闘騒ぎを取り巻いてた人垣に突っ込んだはいいが、そこからどうしたもんかと手をこまねいていた仲間の面々も、それでも…葉柱の側が断然優勢な立ち回りだったから。ここはと腹を括ってキリを見極め、目眩ましよろしくワッと参戦し、総長さんを担ぎ上げると一気にワッと引き上げて。一目散にその場から逃げ出した。制服でバレないかな、明日は東京へ帰るんだから宿に着いたら“俺ら此処にずっと居ました”ってバックれてりゃいい。そんな相談をまとめながら戻った宿では、何と、組の若頭とかいう人が端然と待ち構えていて、これまたドびっくり。宿の一室を借り切っての真っ向からのご対面。さすがはモノホン、こりゃあもうもう最後の手段に頼るしかないかも。ルイさんは嫌がるだろが、都議のお父さんへ連絡するかと一様にたじろぎかかった面々だったが、

  『ウチの若いのがご迷惑をお掛けしました。』

 彫が深い面差しに、切れがあって無駄なところの一切ない、シャープなシルエットのスーツがしっくり似合ってるよくよく絞られた体躯。さりげない中にも重厚な雰囲気でいっぱいな所作。声の響きにも張りがあって、聞かずにはおれない存在感に満ちており。大人の渋い魅力でいっぱいな、それはそれは頼もしい若頭さんが、何と。ぴしっと正座し、まずはと深々と頭を下げて見せた。堅気の学生さんに、しかもこっちが多勢だったのに負けて帰って来たのを叱り飛ばし、取り急ぎ、逃げ出した彼らの行方を探したのだそうで。あくまでも下層の衆たちが相手だったのと、単なる“肩が触れたのどうの”というレベルの諍いで、根は深くもなかったし。咎め立てなんて滅相もありません。それどころか、旅の空での喧嘩で土地勘も助っ人もない中、大人相手に堂々の威容だったのが頼もしいと。ウチの頭も今時熱いお兄さんだねと感服した上でとの、この代参のご挨拶。向後も面倒はお掛けしませんし、何かあっての後押しや人手が要りようなことになりましたなら、遠い不便さはございましょうが、いつでもどうぞお声を掛けてやっておくんなさいと、名刺を差し出してという、子供同然の青二才相手にそりゃあ丁寧なご挨拶をしていただき。その間にも、汚れた制服があっと言う間にクリーニングされて戻って来るわ、お土産がご希望でしたら何なりとお申し付け下さいと言われるわ。
『何でも…良いのかな?』
 今頃になって腫れて来たのか、少々切れてた口の端やら熱を帯びて来た頬やらが厚ぼったくなり、何とも痛々しい御面相になってた総長さん。こちらさんも実を言えば…他での苛立ちを吐き出すための腹いせをしたようなものだったから、さして遺恨なんてのはなかったのだけれど、
『…そんじゃあ、頼んでも良いかな。』
 ただね、1つだけ。心残りがあったから。現地で顔の利く大人なら何とか出来るかもって、そんな緊張の場面で思い出した“お土産”には、その場に居合わせた他のメンバーたちが…やれやれと脱力しつつも揃って苦笑したそうだったが、それはまあ今はさておいて。


  「ま、喧嘩くらいは強いまんまでいてくれないとな。」


 だから笑って済ませんなよ、そこ。スポーツマンだから地声が大きい面々の会話。そりゃあ確かに、こっちだって聞き耳立てているけどもサ。聞きたくもないことまで拾ってしまう、自分の感度の良いお耳を恨めしく思いつつ、
“………やっぱあれって。”
 昨夜の夕方、まだ宵の口という時間帯。長崎のとある繁華街にて乱闘騒ぎがあったこと、ネットのニュースサイトでしっかり拾ってた坊やだったからね。それへのダメ押しをされちゃったよと、あ〜あと思わずの溜息が洩れる。中心になってた人物はそこいら一帯を仕切ってる組の関係者らしいということだったが、最初の一報を載っけてたサイトでは“学生と組員数名が…”という記述になっており、よもやと恐れていたのだが。
“選りにも選って、ヤッちゃんとやるか普通。”
 しかも修学旅行先で。お父さんが都議の次の椅子ににって衆議院とか目指してたらどうすんだと、そこまで心配しちゃった大人な坊やだったが、
「ヘッド〜、どっか寄ってきませんか?」
 気安い声をかけられて、ひょいとこっちへ向いた顔。絆創膏やら小さく切った湿布やらが頬や顎、口の端なんぞに張り付けているのだもの。これは絶対に間違いないと更に確信を深めつつも、
“なんてまあ“男前”にされちゃってよ。”
 痛々しいけど…ついつい見とれた。あんな“整形”されちって、鏡見るのって結構辛かったろうに。もう習慣なのかキチンと整えられてる髪形に、学ランに包まれた長身。こんな遠目で見たことって滅多にないよななんて、こんな時なのにそんなこと思っちゃったの。試合中でフィールドにいるルイならそれも仕方がないけれど、そうじゃないルイにはいつだってすぐ傍にいたからね。遠目に見ると…やっぱ腕長いなぁ。
“…と、やばっ。”
 こっちを向いてる彼だとあって、慌てて物陰へと隠れ直した。だって、こんな物欲しげに眺めているのと目が合っちゃったら、言い訳も難しい。自分はあくまでも、此処へは買い物に来てたんだもの。そうさ、此処の駅前の家電店にしか置いてない、コンバータの部品をちょっとね。朝からずっと、何度も何度も、胸の裡
(うち)にて繰り返して来た同んなじ台詞。歩道橋下の放置自転車の手前。壁みたいに太い柱の陰にささっと隠れたは良いけれど、しまったこれだと話が聞こえない。どっかに寄り道して帰るのかな。
「………。」
 あ、ルイの声が何か言ってる。聞き間違えたりするもんか。何を言ってるのかまでは、壁を挟んじゃったから拾い切れなかったけど、素の時のあの低さと響きは絶対間違えるもんかよな。
「…るい。」
 メールしたら絶対に、お返事くれるって判ってた。そしたらね、あの声も聞きたくなっただろうから。そしたらね、次は逢いたくなっただろうから。それで、あのね? どうしてもどうしても…携帯の短縮ボタン、触
(さわ)れなかったの。いつぞやの冬に、進さんに逢いたいようって自然な想いを口にしたセナみたいに、素直にはなれなかった。だってそうなったらキリがなくなりそうだったから。ルイは優しいから、進なんかより色々慮(おもんばか)ってくれるから。いくらでも甘やかしてくれて、きっとキリがなくなると思うから。

  “…うん。俺がしっかりしないとな。”

 歩道橋の柱に凭れて、誰へ言うともなくの決意を固めていると、

  「よお。」
  「…っ☆」

 すぐ間近、肩のすぐ上からのお声がかかった。電気が走ったみたいにビクビクって顔を上げたら、
「お前のそういう反応見るの、二度目だな。」
 可笑しくて堪らんと、懐っこく眸を細めて“くくっ”と笑ったルイがいた。


  ――― たでぇま。
       お、お帰り。…もう帰れるのか?
       ああ。
       バイクは?
       ねぇよ、6日も停めてちゃ駐車料金、幾ら取られるか。


 高階さんが車で来てくれてるから、よかったら一緒に帰らねぇか。…しょーがねぇなっ。俺も用事は済んだトコだしよ。付き合ってやるサ。手を伸ばせば、温かい手のひら。ああそろそろ手をつなぐと暑くなるな。そう思いながらも…親指をきゅうと握り込んで逃がさない。妙なところに立ち止まってた縦に長い白ランが、歩道橋からひょいと離れたと同時、その長い腕の先に、金色の髪をした小さな影を連れてたもんだから。今度はこっちが“遠目”になって眺めてた方は方で、あららぁとまたまたの苦笑が絶えなくて。
「世間の迷惑だから、いつも一緒に居なさいっての。」
 メグさんの言い放った一言へ、その場にいた全員が吹き出したものの、何でだろうか、人込みの中に消えるまで、目が離せなかった優しいシルエット。


  ――― なあ。
       んん?
       何か話せよ。


 もっと声が聞きたくて。だけども何故だか、こっちから話を振ることが出来ない。いつもだったら色々な話題、NFLの来季の展望から、ルイの顔ちょっと怖いぞってしょむない言い掛かりまで。怒らせたり笑わせたり怒らせたり、いつまでも続く問答へ簡単に持ってけたのにな。総長さんの側でも、そんな坊やがちょっと変だと思ったか。どした?とお顔を覗き込むので、

  ――― …るい。
       んん?
       あのな、俺。…ずっと居たい。

 引っ切りなしに話の穂をつなぐのは、決して…沈黙がくればお兄さんの意識をこっちへ繋ぎ留めてられないからと恐れてのことじゃあないのだけれど。どうしてだろうね、今日はちょっと不安だ。俺がいなくてもルイは平気だったの? 5日も…正味は6日も離れ離れだったのに。ずっと一緒にいたいって、何か急にそう思ったから、あのね? 頑張ろうって思ったばっかなのに、えいって思い切って言ってみた。いつぞやのセナみたいに、自分に素直になってみたのだけれど。

   「どこが?」

   ――― はい?

 あれ? 何か…リアクションが違わないか? それって。繋いだ手を視線で辿るようにして、慣れた高さのお顔を見上げれば、
「どっか痛いって…腹か? 頭か?」
 陽気が良いからな、そろそろ帽子をかぶらないと日射病になっちまうぞ。それでなくともお前、髪の色が明るいからさ。直射日光は人一倍キツいんじゃねぇのか? 真面目な顔して言いつのるルイが、何をどう取り違えたかに気がついたと同時、心配してくれてるんだと理解は追いついたものの、何だか何だか………むかついた。
「あほルイっ! そーじゃねぇだろうがよっ!」
「痛っ! 何で人の脚、蹴ってんだよ、お前。」
「だからっ。」

  ――― ずっと一緒に居たいって言ったんだのにっ!

 あらためて言い直すとさすがに…あまりの恥ずかしさで顔へと血の気が上がって来たのが自分でも分かる。かぁ〜っ//////と赤くなった坊やに、やっとのことで葉柱にも理解が追いついたらしい。
「ばっ、そんなこと、お前、似合わねって。////////
「………ルイ、なに言ってんだか判んねぇって。」
 子供を相手に本気でうろたえてる。しかも、まだ腫れてた口の端を咬んだらしく。口許を押さえて眸を眇め、ぅ・つ〜〜〜っと唸り出すもんだから。ほんっとに世話の焼ける大きな恋人さんだこと。
「………あ。」
 呆気に取られた坊やも…しょうがないよな、まったくもう。思わず苦笑してしまい、大丈夫かと向かい合って背伸びする。そんな二人のすぐ傍らを、アスファルトとガソリンの匂いを孕んだ生暖かい風が吹き抜けてったが。この生意気坊やがいない保養地より、この子がいる噎せ返るような都心の方がいいよななんて、やっぱり“末期”なこと、思ってしまった総長さんだったそうでございます。お後がよろしいようで………。












  aniaqua.gif おまけ aniaqua.gif


 ボーっとしつつも6泊5日。行く先々で転々とした宿では、温泉にも浸かったし、寝巻き代わりの私服にも着替えた。そうやって着替えた洗濯物の詰まったドラムバッグや幾許かの形ばかりの土産などは、昨夜のうちに荷を作り、宅配便で実家へ送ったからと。お迎えの車の中、坊やへ説明した葉柱のお兄さん。とはいえ、現地の集配センターには早くて今朝の到着だろうから、こっちに着くのは明日かなと言ったところが、運転席から高階さんが、
『お昼頃に届いておりましたよ。』
 そんな意外なお言葉を下さった。もしかしてもしかしたら、あの若頭さんがそっちも手配を打ってくれたのかしら。完璧なまでの至れり尽くせりへ、ああまで上り詰めちゃうと出来ないことはないのだなと、妙な感心をしていたのも束の間のこと。

  「凄げぇーっ! これって本物か?」
  「そんな訳ねぇだろが。」

 その道で有名な店があるんだとそういや以前に坊やから聞いていたから、昼の間に一度独りで行ってみたのだけれど。予約が詰まっていて新しい注文を聞けるのは半年先だと、その時は門前払いされた、とあるもの専門の輸入代行の専門店。学生だってこととド素人だったからってことから舐められたのなら心残り、話つけてくれたら嬉しいなと若頭さんへ持ちかけたらば、そういう趣味へ詳しい子分衆や情報通を掻き集めてくれて、その上で揃えてくれたのが…出来の良いモデルガンが一揃え。長崎土産がモデルガンだなんて、時代劇の抜け荷みたいで何だか笑えて。
“指し詰め、坊主がお代官様で、俺はオランダ渡りの商いをしている商人とか?”
 お馬鹿なこと、想像していたらば、
「ルイ、覚悟っ!」
 BB弾や圧縮ガスまでは揃えてもらわなかったんで、マガジンは空なまま、大きなマシンガンをエレキギターみたいに抱え込んで“だががががが…っ!”と撃ち真似をする坊やに合わせて、ぐあぁ…っっと悶絶しつつ、背中を撓らせての撃たれた真似でお付き合い。ますますのこと、修学旅行の余情など何処へやらと吹っ飛ばしてるお二人さん。今度は二人一緒での旅行にしときなさいね、まったくもうvv






  〜Fine〜  05.5.13.〜6.01.

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  *久々の“乱闘する総長さん”を書きたくて
   それでと選んだネタだった筈なんですけれどもね。
   あれこれ詰め込み過ぎたんで、
   何だか肝心なところは“やっつけ仕事”になっちゃったかな?

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